足尾 庚申山 "お山巡りのみち" ⇒庚 申 山 (T) ⇒


お山巡りのみち
めがね岩や鬼のひげすりを経由して、庚申山荘と猿田彦神社跡を結ぶこのコースは、岩壁の続く危険な個所、クサリ場、ハシゴ場が数多くあるので、登山経験豊富な人でも十分注意して通行してください。
(写真左上 2010/10/23撮影: 右回りコースのスタート地点にある鳥居ですが、2011/05/15の時点では朽ちて倒壊していました。)
(写真右上 2010/10/23撮影: 右回りコースの終点、猿田彦神社跡です。)
"お山巡りのみち"の高低差は、240mほどあり、約2時間で一巡します(上掲の行程表は、現地案内板の写しです)。
‹ 現地案内板の一部抜粋 › お山巡りのみち 登山者への注意
このみちは、奇岩・怪石の林立する独特な風景の中をチェーン手すりや吊橋を伝いながら行く、登山経験豊富な上級者向けのコースです。庚申山一帯は、その昔日光修験道の修業地でした。現在でも庚申山開祖勝道上人の行場跡が残っています。途中、親知らず子しらず・鬼の耳すり・扇岩等危険な個所が、数多くあります。落石に十分注意して無理をせず通行してください。また雨の日は、滑りやすく滑落の危険があるのでお山巡りは中止して下さい。環境庁・栃木県
お山巡りのみちと、読本『 南総里見八犬伝 』の中に登場する岩石・岩壁
♦ 以下に掲載する岩群名称は、現地案内板絵図(下の写真)を参考に当てはめたものです。岩の呼称と写真の同定(そのものであることの確認)は未確認ですので、不一致は当然考えられます。一私人では確認の方法が今のところ見付かりません。お気付きの方、アドバイス頂ければ大変ありがたく存じます。
(注記1) 岩の掲載順は、お山巡りのみちコース 時計回り(右回り)です。
(注記2) ⇒?♦・・・岩⇒?♦・・・岩⇒などは見過ごしてしまった岩群です。
(注記3) この書式の文章は "南総里見八犬伝(三) ISBN4-00-004313-7" からの引用です。
庚申山荘前のベンチで一休みしてから、"お山巡り"に出発しましょう。
♦目洗ヤクシ"庚申山荘"から登山道を進んで行くと、間もなくして水場に到着します。背後の岩壁の下部には、えぐり取られたような窪みがあります。雰囲気からして、恐らくこれが "目洗ヤクシ" と思われます(写真:2010/10/23)。
⇒?♦三十三間堂⇒?♦百間マク⇒

♦庚申塚"目洗ヤクシ"から左に折れ、岩壁が連なる道を登って行くと、登山道の右上方に "庚申塚" を、発見してしまいました(写真左右:2010/10/23)。
どうやら "三十三間堂" "百間マク" の岩群を見落としてしまったようです。目の前の岩には、銘板が はめ込んであるからマチガイなく庚申塚でしょう。"八犬伝" のなかでは、"文字石" として述べられている石が "庚申塚" と思われます。
かくてこの瀑布(裏見の滝)のほとりより、登りゆくこと五町余にして、右に五隻の大石あり。色白くしていと高かり。遥に仰ぎみる所、石中に文字顕れて、庚申と読るゝ如し。こは文字石といふべきのみ。
⇒?♦相生の滝⇒
♦ヤグラ岩現地の絵図に描かれた岩の形から、平らな石塔をイメージして歩いたが、それらしき岩が見当たらないまま裏見の滝にでてしまった。ということは、滝手前のこの岩が、必然的にヤグラ岩となるのでしょう(写真:2010/10/23)。
これ(第一の正門)より二町あまりにして、左のかたの幽谷より、数十丈なる大石高く峙て、塔の如く、櫓(やぐら)の如く、叢樹頂の上に生茂りて、奇ならずといふことなし。
♦裏見の滝水量が余りにも少ないですが、裏見の滝に間違いないと思います。コウシンソウ開花の頃は、それでも右から滝の裏を潜って通れる程の水量がありますが、今年は本当に水量が少ないです。また潜らずに左から通過する道もあります(写真:2011/06/16)。
又(やぐらから)下ること、二町あまりにして裏見の滝あり。その幅およそ五六尺、その高きこと量るべからず。
♦女体岩戸洞穴のあるこの岩場が、恐らく女体岩戸でしょう。右の写真で登山者の背丈と洞穴を比較すると、 "女体岩戸" の大きさが分かるかと思います。(写真:2011/06/20)。

♦初の門通路の左右に石柱があり、さらには天井のあるこの岩には"門"のつく名前、 "初の門" がぴったりです。しかし、この門は登山道の左側にあるので、うっかり直進すると、門を潜らずに通過してしまいます(写真左右:2010/06/11)。
⇒?♦天狗のコシカケ岩⇒

♦ボンテン岩
初の門を過ぎて、天狗のコシカケ岩は未確認のまま、遠方にあるボンテン岩が目に入ってきました(写真左:2010/10/23)。
右の写真は、 "一の門" のすぐ手前で撮影したボンテン岩です(写真右:2010/10/23)。

♦一の門
ボンテン岩を過ぎると間もなく正面に "一の門" が見えてきます。右の写真で登山者の背丈と門高を比較すると、一の門の大きさが分かると思います。
(写真左:2010/06/11)(写真右:2010/10/23)。
"八犬伝" のなかでは、"第一の正門"として述べられている石が、一の門でしょうか。
かくてこの天工奇絶の石橋を、辛くして渡り果れば、前面に自然の石門あり。これ第一の正門か、まさかにして東に向へり。大サおよそ十二三丈、中函は一丈二三尺、左右にふたつの小くゞりあり。各九尺ばかりにして、全体さながら琴柱(ことぢ)に似たり。
♦かえるの番人右の写真は、 "一の門" です。現地案内板の絵図では、"一の門"の下に "かえるの番人" が描かれています。右の写真でも、一の門の真下にそれらしき岩がありますが、この石が "かえるの番人" でしょうか。
(写真:2010/06/11)
⇒?♦五色岩⇒?♦勝道上人の行場⇒?♦エボシ岩⇒
♦トウロウ岩トウロウ岩は、"大胎内"の上方にあるので、登山道の右側にある"大胎内"を一旦見過ごして登らないと見られません。つまり "お山巡りのみち" からいったん外れる事になります(写真:2010/10/23)。
この二の門より一ト町余にして、燈籠(とうろう)に似たる大石あり。高サは四五丈ばかりなり。

♦大胎内
トウロウ岩の見物後は一旦下って "大胎内" を見ることにします。腹ばいで、くぐり抜けると、崖崩れのため使われなくなった梯子が見えてきます。この事から、かつては大胎内を経由しての、 "お山巡りのみち" があったことが分かります。現在は大胎内の下に位置する登山道が、お山巡りのみちです。
"八犬伝" のなかでは、 "胎内くゞり" として述べられている石が、大胎内かと思われます(写真左:2010/06/11)(写真右:2010/10/23)。
かくて又登りゆくこと、おほよそ三里あまりにして、庚申山中第一の、石門に到るべし。土俗これを庚申山の 胎内くゞり とよびなしたり。造化自然の石門にて、その広きこと方十間。
♦親シラズ子シラズ"親シラズ子シラズ" とは親が子の、子が親の生命を助けることも出来ないほど、通行に危険な所との意味のようです。右の写真はそれほど危険な場所ではありませんが、他に相当する場所も見当たらなかったものですからこの場所をピックアップしてみました(写真:2010/10/23)。
♦岩戸庚申鎖が取り付けられている岩棚を、恐る恐る廻りこむと、左手に "岩戸庚申" がありますが、急いでいるときは気付かずに右手にある梯子を降りてしまうでしょう。
岩屋には "岩戸庚申" と、書かれた木の札が置いてありました。岩室の両側には御幣が立てられ祀られています。この御幣は金属で謹作されているので、この厳しい自然環境下でも耐久性抜群でしょう(写真:2011/06/16)。
⇒?♦扇岩⇒?♦千丈の岩戸⇒

♦めがね岩
現地案内板によると、"八犬伝"の中に登場する "二の門" が、"めがね岩"に当たるそうです。
岩にあいた孔が4箇所もあるので、めがねと言うよりはアーチ橋のような景観です(写真左右:2010/06/11)。
又(文字石から)登り下ること、一ト町にして石門あり。その大サ丈八九尺、中央は九尺ばかりなるべし。この 二の門 より一町余にして、・・・。
⇒?♦天の浮橋 小説では "石橋" として述べられている石が天の浮橋か。
こゝ(鬼のひげすり)よりなほも下りゆくこと、亦復二町あまりにして、前渓に 石橋 あり。その長サ一丈三尺、広さは五六尺なるべし。
これ(つりがね)より又下ること、数百歩にして 石橋 あり、長サ七丈余りにして、 ⇒

♦鬼のひげすり
"大胎内"から40分程で、"鬼のひげすり"に到着します。現地の絵図で、"鬼の耳すり"と表記された石は、"鬼のひげすり"のことでしょう(写真左右:2010/06/11)。
これ(二王石)よりして下りゆくこと、はづかに二間ばかりなれども、その巌石の嶮岨なること、 鬼のひげすり ともいひつべし。
♦馬の背"鬼のひげすり"に架かる梯子を、上り切ると"馬の背"です。その名のとおり馬の背のように両側が深い谷となって落ち込んでいる、痩せ尾根伝いの道です。砂礫の急斜面は滑りやすいので注意して通過しましょう(写真:2010/10/23)。

♦本社の見晴しこの突き出た岩から谷底を覗き込むと、庚申山荘が眼下に見えます。それゆえに "本社の見晴し" と、言うのでしょうか。私は恐ろしくて、谷底を覗き込むことができません(写真右:2010/10/23)。
庚申山を眺めるには、 "天下の見晴らし" がお勧めのビューポイントですが、左写真の背景の山が、その "天下の見晴らし" です(写真左:2011/06/16)。
♦屏風岩お山巡りも、残り少なくなってきました。ガスも湧いてきました。先を急ぎましょう。
高低差の少ない登山道の左側に連なる崖が "屏風岩" でしょうか(写真:2010/10/23)。
又二重の塀に似たるもあり。又 屏風 に似たるもあり。
⇒?♦金剛水⇒
⇒?♦カマ石この余或(よ あるひ)は舟、或は 釜 、或は鶴亀に似たる自然石の、巌々として立るあり。 ⇒

♦ツル岩左に連なる崖が途切れる辺りから、北の方向に開けた斜面を登ります。前方にツル岩・ツリガネ岩・カメ岩が見えてきました。(写真左:2010/06/11)(写真右:2011/06/20)
この余或(よ あるひ)は舟、或は釜、或は 鶴 亀に似たる自然石の、巌々として立るあり。
♦ツリガネ岩左の岩はツル岩で、その右に位置する岩がツリガネ岩です。更にはツリガネ岩の右側には、写真には写っていませんが、カメ岩が控えています。
(写真:2010/06/11)
又(燈籠から)登ること数百歩にして、はるかに戌(いぬ)のかたを眺れば、 洪鐘(つりがね) に似たる大石あり。その高きこと二三丈、コケ生し兎糸マツハリて、蒼然として亦奇なり。

(写真上:2010/10/23) 霧に包まれた、ツリガネ岩(左)とカメ岩(右)
♦カメ岩右の岩が "カメ岩"で、左に位置する岩は "ツリガネ岩"です。そしてその左には "ツル岩"が控えています(写真:2011/06/20)。
この余或(よ あるひ)は舟、或は釜、或は鶴 亀 に似たる自然石の、巌々として立るあり。
⇒?♦二王門この処(胎内くゞり)より進み入ること、二十間ばかりにして、左右に建る大石あり。高サ各五六丈、その形 二王 の如し
⇒そして終点の猿田彦神社跡(ここから西に200m離れて庚申山荘がある)
お疲れ様でした。おかげさまで、無事一周できました。
‹ 現地案内板の一部抜粋 › 関東ふれあいの道
庚申山と「南総里見八犬伝」
滝沢馬琴の著した「南総里見八犬伝」の中に庚申山が登場し、犬飼現八が化け猫退治に活躍した物語は、今も昔も世人に親しまれている。物語の中で化け猫退治の武勇談がくり広げられるのは胎内くぐりで、その他にも現八が庚申山に登る記述の中に庚申山の奇岩・怪石の絶景を余すところなく描写してあり、裏見の滝・一の門・とうろう岩・二の門(めがね岩)・つりがね岩・つる石・かめ石・釜石等現地に即して書かれている。環境庁・栃木県